東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)33号 判決 1958年11月24日
原告 古川浩
被告 公正取引委員会
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の本訴請求の趣旨及び請求の原因並びに被告の答弁に対する陳述は、別紙昭和三十三年八月二十八日附訴状、同年九月十日附請求原因追加申立書、同年九月二十八日附原告第一準備書面、同年十月二十日附申立書と題する各書面記載のとおりであり、これに対する被告の答弁は、別紙昭和三十三年九月十九日附答弁書と題する書面記載のとおりである。
当裁判所の判断
昭和三十二年六月三日被告委員会が訴外株式会社三菱銀行(以下単に三菱銀行と略称する)に対し原告主張のような審決をしたことは当事者間に争がない。ところで原告は訴外近江絹糸紡績株式会社(以下単に近江絹糸と略称する)の一万三千株の株主であるとして本訴において右審決の無効確認を求めているのであるが、本件審決は三菱銀行が近江絹糸に対し不公正な取引方法を行つた事実を認定し、右は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第二条第七項、昭和二十八年公正取引委員会告示第十一号の九及び十に該当し、前記法第十九条に違反するものとして、右三菱銀行に対し同審決主文に記載するような排除措置を命じたものであることは、該審決書の記載自体に徴し明らかであつて、近江絹糸はむしろ右審決により法律上保護されたものであるばかりでなく、原告は単に同会社の株主であると謂うに過ぎないのであるから、当該審決によつて直接自己の権利または法によつて保護されている利益を害されたものということはできない。
従つて仮りに原告がその主張のように前記近江絹糸の一万三千株の株主であるとしても、ただそれだけでは本件審決の無効確認を求める法律上の利益を欠き、原告たる適格を有しないといわなければならない。
よつて爾余の点に関する判断を省略し、本訴を却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大野璋五 藤江忠二郎 村松俊夫 坂本謁夫 猪俣幸一)
訴状
請求の趣旨
被告が昭和三十二年六月三日株式会社三菱銀行に対して為したる近江絹糸紡績株式会社に関する公正取引委員会審決は無効たることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
旨の判決を求む。
請求の原因
一、原告は訴外近江絹糸紡績株式会社壱万参千株の株主である。
二、被告は昭和三十二年六月三日訴外株式会社三菱銀行に対し(以下三菱銀行と書く)同銀行対訴外近江絹糸紡績株式会社の取引関係につき、左記主文の審決を為した。
主文
一、株式会社三菱銀行は、近江絹糸紡績株式会社の代表取締役社長水野嘉友および同代表取締役副社長神前政幸をすみやかに辞任させなければならない。
二、株式会社三菱銀行は昭和三十年六月二十七日夏川嘉久次に申し渡した「代表取締役相互申合事項」をすみやかに撤回しなければならない。
三、株式会社三菱銀行は、昭和三十年六月近江絹糸紡績株式会社の全役員から徴収した辞表を、水野嘉友のものを除いて、すべてすみやかにそれぞれ本人に返還しなければならない。
四、株式会社三菱銀行は、前三項の措置を完了した後直に文書をもつて当委員会に報告しなければならない。
然る処、
該審決書記載を以てすれば
第一、当事者の確定に誤があると思料する。
(イ) 公正取引委員会(以下公取委と書く)は、法制上職員中に現職の検察官を加えているが、この検察官は私的独占禁止法(以下独禁法と書く)の規定に違反する事件に関するものに限り管掌とすることを規定するが、検察官たることはそのまま検察官であるから検察庁法に定むる「刑事については公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求」する等検察官一般の事務を取扱うのである。而して公取委事務局の組織は官房の外、経済部、審査部に分れ、官房の所掌事務、経済部の所掌事務、審査部の所掌事務は各々相牽連交錯して相関性を有するから、公取委職員としての検察官は、明かに原告官であると同時に審判官を兼ねるもので、裁判所法に於ける特別の定めある場合のものと雖も自由心証主義が妨げられ、矛盾する。
即ち検察官を職員とする公取委………
独禁法自体が日本国憲法に違反するものと思料し、その審決は無効と信ずる。
審決は無効と信ずる。
(ロ) 被告の為したる該審決は訴外三菱銀行を被審人として審決しているが、この審判の挙示事実を争う前に適用法律が「独禁法第十九条に違反する」というのであるが、
第十九条 事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。
とだけ規定され、
同第二十条 前条の規定に違反する行為があるときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、当該行為の差止を命ずることができる。
とあり、第八章第二節の規定としては、その第四十五条に『何人も、この法律の規定に違反する事実があると思料するときは、公正取引委員会に対し、その事実を報告し、適当な措置をとるべきことを求めることができる。』等公取委の事務手続が規定されているだけであつて、本件の挙示せる事実の内容は兎も角として、法の適用は「事業家は不公正な取引方法を用いてはならない」とあるこの規定に違反したというのが、この事件に対する審決の凡てであるのである。而して本件に不公正な取引方法が用いられたかどうかを考える前にまず取引の当事者は誰か。即ち誰と誰間に行われたかが前提でなければならない。公取委はこの当然なことを考えたか、考えたとすれば、それは言うまでもなく取引者の一方は近江絹糸紡績株式会社であり、その他方相手方は協調融資銀行団で、その代表者が三菱銀行なら三菱銀行でも良かろうが併し取引に不公正があるとして問題とするに当つて、その一方のみが当事者の確定あり、相手方は当事者の確定ないのは何のためであるか、
詐欺、脅迫等公序良俗を害する手段を用いて強制したものでなく、昭和二十九年六月四日からの所謂人権ストの行われた以前からの取引関係があつた間柄で、それが三十二年に至るまでの間円満無事に継続取引されたのである。取引方法の不公正か否かは第二として、取引が円満無事に行われたそれが不公正であつたとして取引方法の不公正を公取委が報告を受けた。四十五条第二項による職権調査ならば同第三項の扱いをすべきであつて本件はその何れであつたにしても当事者は近江絹糸紡績株式会社であるべきである。
それが職権調査であれば勿論のこと近江絹糸紡績株式会社(以下近江絹糸会社という)が当事者として審判されるべきであり、この近江絹糸が取引したる協調融資銀行団(以下銀行団という)と共に共同被審人たることあつても銀行団の代表三菱銀行のみが単独被審人となる道理がないのである、況んや「事実の報告を受け適当の措置をとるべきことを請求されたのであれば被請求人は取引の主体である近江絹糸会社が被審人として当事者たることは疑いなきところである。而して取引の主体たる近江絹糸会社が自ら進んで審判の請求者なれば、この場合に於ても近江絹糸会社が審判請求の当事者であつて、ここに始めて銀行団が取引の相手方として被審人として当事者たるであろうが、結局特別なる審判請求人なき所謂職権調査に銀行団が被審人とはならず取引の主体たる近江絹糸会社が事件の当事者であるから「適当なる措置をとる」べくは当事者たる近江絹糸に対して取るべきであつて、近江絹糸会社の取締役の辞任退職を三菱銀行に命じたるは違法、違憲である。
取締役の就任の動機、原因、理由が仮りに他の推薦によると雖も、就任、選任は会社が選任したのであつて、これが公取委の審決で辞任退職を命ぜられることはなく、仮りにありとすれば会社に命ずべきであつて、会社が勧告を受諾するとせばするだけの会社内部手続を経由することが必要であり会社が取引の当事者であり、審判さるる当事者でなければならないからである。従つて会社に対する命令は兎も角株主として参百六拾万株の株主である銀行団………三菱銀行に対する命令は明かなる憲法違反である。
第二、審判に虚偽がある。
独禁法第四十五条第一項に該当する事実の報告を為し、適当な措置をとるべきことを求めた者ありたるを詐つてこれを秘し、以て審判を虚構した疑がある。
この点準備書面を以て詳述する。
第三、本件の審決は憲法違反である。
公取委は本件に最後の断を下すことになつたその際、丹波秀伯を呼んで、「公取委の審決如何によつては、銀行から水の手を止められ、今後の近江絹糸の経営が難しくなることもあろうが、それは覚悟の上であろうな」
と念を押したところ、胸中何らかの成算に燃えたのであろう、彼は断乎として
「よろしい、公共性を持ち、しかも、国家から五千億もオーバーローンする銀行が不当の報復はよくするものでないと考える、充分の用意がある」
といつてのけた。かくてついに公正取引委員会は審決書を発したのである。
右事実は、当然の危険を察知して念を押しながら、たゞ脅追的用意があるに過ぎない返答を聞きながら、つまり予期しつつ水の手を止め遂に会社を今日の危機に陥いれ、事業を破り、天下万人に損害を与えたのは、裁判官として「良心に従い、独立してその職権を行つた」ものでなく知りつつ職権を濫用したもので憲法違反の顕著なものである。
昭和三十三年八月二十八日
請求原因追加申立書
一、昭和三十二年六月三日公正取引委員会が株式会社三菱銀行に対して為したる審決の法の適用につき該審決書記載によれば
「法の適用
右の事実に法令を適用した結果は次のとおりである。
三菱銀行は、取引先である近江絹糸に対し、加古川スフ綿工場建設資金の融資に際して、まず、近江絹糸の代表取締役会長および代表取締役副社長をそれぞれ夏川、水野とすることを一方的に決定し、指示し、かつ全役員の辞表を要求して昭和三十年六月以降近江絹糸の役員の人事権を手中に収め、更に夏川の異議を退けて水野を代表取締役社長とし、新たに神前を代表取締役副社長とすることを指示し近江絹糸をしてそれぞれ指示どうりに実行せしめ、その派遣に係る役員をもつて近江絹糸の代表取締役三名中、社長副社長の地位を確保したほか昭和三十年六月水野が代表取締役副社長として近江絹糸に入社する際には取締役会の権限と自主性を無視して「代表取締役相互申合事項」を決定して会社の役員の権限を一方的に定め、もつて近江絹糸の経営権を掌握しているものであつて、これは銀行の債権保全のため相当なるものと認められず………」といつて、これが昭和二十八年公正取引委員会告示第十一号の九及び十に該当し、私的独占禁止法第十九条に違反するものである、といつているのであるが、この説明するところを以てしては、これは只単に事実を掲げて「銀行の債権保全のための相当なるものとは認められず」といつているだけで、これこれの事実があると認め是等の事実は銀行としての債権保全のための相当なるものとは認められない。というだけで、債権保全のための相当なものと認められないから「不公正な取引方法を用いたものである」とは言い得ないこと勿論である。
それ等の事実が若し果して不公正な取引方法を用いたがための事実であるならば、その不公正な取引方法を用いたものであることの事実を証明すべきであつて、この証明なき限りは被告独りの主観であつて、それだけでは被審人が不公正な取引方法を用いたことにはならないのである。
凡そ審決の根拠としての事実の認定は、これが不公正な取引方法を用いたものであると認定するには、それだけの事実の証明が必要であること論を俟たず、それだけの証拠に基く認定でなければならない。
そしてこの証明ある事実に法を適用することが命ぜられているのである。
然るに本件の審決は只単に是等の事実があることだけを認めたのみで、その事実が銀行として債権保全のための相当なるものとは認められない、といつているだけで、だからといつてそれが不公正な取引方法を用いたものであるとは言えない、またその事実自体が不公正な取引方法ではなかつたから、その取引の時の状勢はその取引によつて、取引の目的は必然遂げられることが明かであつたものであり且つ着々公正な取引方法であつたことが証明されつゝあつたのである。
然るに被告は該取引方法が時の状勢上極めて公正適切有効のものであり、着々成果を納めつゝあつた、それを、只単にその取引方法の皮相の事実のみを見て、審決の基礎として不公正な取引方法の事実を認定するがためにはその不公正取引方法たることを証明し得る事実の認定と、これに法の適用を以てするのでなければならないのに、被告は不公正取引方法たる事実の証明なき或る種の事実だけを認め、これが不公正取引方法により取引されたる事実であることを証明することなしに法第十九条を適用したのであるから法の適用を誤つたもので、違法の審決たるを免れない。そのため近江絹糸紡績会社は壊滅の難に会つているのであつて、原告はその株主の一人として全株主同様多大な損害を被つている。
これが社運の挽回は間違つた該審決の無効が確認さるる以外に方法はないので本訴に及んだのであつて、特に原告請求の原因に本項を追加することを申立てる。
昭和三十三年九月十日
原告第一準備書面
第一、被告答弁書中の
A、「第一、本案前の申立及び答弁」に対して
第一の二、本訴は不適法である。
(1)独禁法第七十七条に対する解釈
並に
「従つて審決そのものゝ違法を理由とする訴は取消、変更の訴訟のほかは、無効確認その他の当事者出訴の形によつて出訴することを許容しない法の趣旨であると解する」旨の被告の見解主張
右に対して原告は、大間違だと信ずるから後段に詳述する。
それは、右被告答弁の要領に所謂「審判そのものゝ違法を理由とする訴」の意義に判明を欠くものあるからであつて、自然、それ以下の「審決の無効確認出訴」に対する意見の認否もこゝでは留保し
「本件審決は、三十二年六月三日に三菱銀行に送達され」たことは、乙第一号証写による限りこれを認める。但し「その効力を生じ」た旨はこれを否認する。
B、被告答弁書第一ノ二ノ(2)
「(2)仮りに独禁法第七十七条が抗告訴訟であつて、無効確認の行政訴訟は別個提出し得るものとするも、本件は無効確認の名を用いているが、実質的には審決の違法を理由として審決そのものの効力を争う訴訟であつて、公取との間の権利ないし、法律関係の確認を求めるものでないこと原告主張自体より推認できるから、結局、本訴は審決の取消を求める訴と同一に帰し………」
と主張するが、
こゝで前段に於て原告が意義不明として認否を保留した被告の所謂「審決の違法を理由として審決そのものゝ効力を争う訴訟」であるとの被告の見解を判明せしめねばならないが、被告は一体原告主張のどの点からその如く推認することができ且つ、それによつて「結局本訴は審決の取消を求める訴訟と同一に帰す」るというのであるか不明であり、原告のどの主張自体より推認できるかを明かにしていないが、これはもとより被告の恣なる独断であつて、原告は訴状の何れに於ても審決の取消請求のための出訴であると推認さるゝようなことは述べていない。
一、本件原告の訴状記載
「請求の原因」
第一、当事者の確定に誤りがあると思料する、
ことを述べるためにまずその(イ)に於て
公取委の審決は、公取委そのものゝ職制の上から、原告官たる現職検察官と弁護士と審判官ごちや混ぜの職員で、矛盾裁判の自由心証主義を害する虞あり、独禁法そのものが日本国憲法に違反し、無効のものであることを述べ
その(ロ)に於て
本件審決は訴外三菱銀行を被審人として独禁法第十九条に違反して不公正な取引方法を用いたものとしているが、苟も不公正な取引方法を用いたことを指摘摘発して審判するのに取引が当事者間円満無事に行われて一年有半、二年の歳月を経過し取引後の事情は当時と全く異り、俗に謂う雁も鳩も皆飛去つて、本件に於ては取引の当事者の一方たる近江絹糸会社が、所謂長期人権スト後の壊滅に瀕しているところから救われて、数十億円の債務は棚上され、十億円の会社資本金は二十億円に倍加することを得、更に新規二十億円の投資によつて加古川スフ綿工場の新鋭設備を為し得たことによつて、株主配当も継続し得られ、株価も維持し、信用も保ち得たことによつて近江絹糸会社は、取引の当事者としてその当時とは諸般の情勢は全く面目を一新し所謂長期人権ストで世界の産業界を驚かし、互解の一歩手前まで行つた封建野蛮な会社が、兎まれ、吾国十大紡の班から落伍せなかつたこの救済のための取引をした当事者が一方は銀行団であり、相手方は近江絹糸会社であつたのである。
それを、三菱銀行が協調融資銀行団の幹事であり、代表であつたからというて、それを個人三菱銀行を以て、被審人とし指摘し、審判審決したことは明かなる当事者の確定を誤つたもので、そのため三菱銀行をして世の誤解を浴びしめた大罪悪は言わずもがなであるが、その取引の相手方たる取引の当事者たる近江絹糸会社に対しても、会社はその取引方法で救われ、満足し、着々復興しつゝあつたそれに不当不正の弾圧を加えた結果になつて、会社は再び壊滅に瀕している。この厳粛なる事実の責任は悉く真の武士道的情けから代表取締役会長として留任することを許されたその恩恵を自覚し、感銘して善処すべき筈の夏川が、飜然謀反気を起して、利権屋、策士、ボスと謂われる丹波秀伯と語ろうて暗躍した、これに公取委が動かされて、近江絹糸の直接取引者ではない、三菱銀行を弾圧したことにより結果的に原告の株主たる近江絹糸を害したことに対し原告は取引につき単独銀行としては無関係の三菱に対して為したる審決は違法無効であることを主張するのである。
取引の一方の当事者が近江絹糸会社であつたその取引は、取引当時の会社代表者が誰であつたを問わず、会社として為されたものであるから承諾ありたる契約はその変更は許されない。
審判の開始前に、それが職権調査乃至申告、報告による調査或は審判の請求ありたる場合の調査であつても、既に会社が取引の一方の当事者である以上、当事者が調査の対象であり被審人の立場におかれることは当然である。
而してこの調査が、取引の行われて一年有半二年経過して後に開始さるゝとしてこれが突如職権発動を見たものだとは常識上考えられない、また確かに申告者のあつたことは事実として伝えられているに拘わらずこれを全く表わさずに、取引の相手方たる銀行団代表としてでなく単なる個人、株式会社三菱銀行を被審人として審判した、これは全く取引の当事者以外の関係なき見当違の第三者を被審人としたもので、審決の内容如何や、審決の目的する措置命令の当不当を言うのではない、全く法律関係の存在せざる無関係なる取引の当事者以外の三菱銀行を被審人としての審決は見当違いであり、当然違法無効であるからこの点の法律関係の不存在を主張し、その確認を求めるための本訴請求である。
(三)に於ける被告答弁は
「依つて本審決によつて義務を命ぜられたものは、三菱銀行であつて、近江絹糸はむしろ右違反事案においては被害者の立場にたつものである。
然らば本審決は、近江絹糸の株主たる原告に対して法律上何ら権利侵害ないし不利益を与えたものでない。
よつて本訴は原告適格を欠くものでこの点からも不適法である。
と断じているが、
右は被告公取委が該審決と同時に俄然会社を壊滅に陥れた、その儼然たる事実から殊更眼を掩うて逞しうする詭弁であつて、審決に先だつて公取委に丹波秀伯を招致して「この審決如何によつては銀行の水の手は停まり、会社の経営は難しくなることもあろうが、それは覚悟の上であろうな」というた一事に照しても公取委自らを欺くの言であるが………その言うところの
「近江絹糸はむしろ右違反事案においては被害者の立場にたつものである。
然らば本審決は、近江絹糸の株主たる原告に対して法律上何ら権利侵害ないし不利益を与えたものでない。」
というが、原告の主張は被告公取委が、三菱銀行に対して措置命令した審決が見当違で、三菱銀行として該審決により措置命令される筋合はなく、若し取引方法の不公正のための審決ならば協調融資銀行団と近江絹糸に対し措置命令すべきであり、特に近江絹糸は該取引の主体であるばかりでなく、審決による措置命令そのものゝ実行が近江絹糸会社の株主総会、取締役会乃至取締役等会社の機関が発動するに非ざれば遂げられないことを措置命令する審決は当然その会社(機関)に命ずるのでなく見当違いであり三菱銀行は近江絹糸会社でないから審決主文の命令は近江絹糸ならば会社の機関経由の手続の上受諾し得たかも知れないが、三菱銀行は正式には審決の措置命令を実行する法律上の権能を有しないから勧告応諾も審決命令の実行も法律上実行力不存在で、不能を命ずるもので審決そのものが違法無効である。だから原告の請求は、要するに原告が株主である近江絹糸会社の会社の機関である株主総会、取締役会、乃至取締役の権限に関する行為を権限なき(権利不存在の)三菱銀行に措置命令した審決が違法無効であるから、この見当違の方面の訴外三菱銀行に対し為された審決命令のために、原告が株主たる会社が壊滅の危機に瀕するに至つているので、原告は本訴確定を仰ぎ以て株主権擁護、株主権実行の利益を期待するのである。
第二、他の原告主張は改めて別に陳述もしまた被告の答弁を聞いて随時応答致します。
昭和三十三年九月二十八日
申立書
被告が提出答弁書を以て為したる
第一、本案前の申立及び答弁
一、原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との裁判を求めます。
旨の申立はこれを却下する、
右御決定を仰ぐ。
第二、に於て被告は
二、本訴は不適法である。
として独禁法七七条の適用あるものとし、その法解釈をし、無効確認の出訴を許容されないと主張するが、原告の請求審決の取消変更を請求するものではなく、
一、当事者の確定を誤り義務なき者に命令したるもので
憲法その他法令に違反せる当然無効のものであることを主張し独禁法第八十五条の一による適法の出訴と確信する。
昭和三十三年十月二十日
答弁書
第一本案前の申立及び答弁
一、原告の訴を却下する、
訴訟費用は原告の負担とする。
との裁判を求めます。
二、本訴は不適法である。
(1) 独禁法は審決に対する不服の訴訟を公取を被告とし、審決取消又は変更の訴の形において認め、出訴期間を審決の効力発生後三十日と規定する(同法七七)。この趣旨は審決を可及的速に確定し、排除措置の履行を罰則を以て強制する公益上の必要に基くものである。
従つて審決そのものの違法を理由とする訴は取消、変更の訴訟のほかは、無効確認その他の当事者訴訟の形によつて出訴することを許容しない法の趣旨であると解する。(特許法一二八条ノ二、海難審判法五三条、公職選挙法二〇三条、二〇七条、二〇八条各条参照)
然るに本件の審決は三十二年六月三日に三菱銀行に送達され、その効力を生じ既に出訴期間を経過したので、本訴は不適法である。
(2) 仮りに独禁法七七条が抗告訴訟の規定であつて、無効確認の行政訴訟は別個提起し得るものとするも、本件は無効確認訴訟の名を用いているが、実質的には審決の違法を理由として審決そのものの効力を争う訴訟であつて、公取との間の権利ないし法律関係の確認を求めるものでないこと原告主張自体より推認できるから、結局、本訴は審決の取消を求める訴と同一に帰し、(1)と同様出訴期間の経過により本訴は不適法である。
(3) 原告は近江絹糸の株主であることはその主張するところである。
本件審決は三菱銀行が近江絹糸株式会社に対し不公正な取引方法を行つた事実を認定し独禁法二条七項、昭和二十八年公正取引委員会告示第十一号の九及び十に該当し、法十九条に違反するものとして原告主張のような排除措置を命じたものである。
従つて本審決によつて義務を命ぜられたものは三菱銀行であつて近江絹糸はむしろ右違反事案においては被害者の立場にたつものである。
然らば本審決は、近江絹糸の株主(株主となつた時期について不明であるが)たる原告に対して法律上何ら権利侵害ないし不利益を与えたものでない。
よつて本訴は原告適格を欠くのでこの点からも不適法である。
以上の理由により、本訴は却下を免れない。
第二本案に対する申立及び答弁
一、請求の趣旨に対する申立
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との裁判を求めます。
二、原告の請求原因に対する答弁
(1) 原告主張事実中原告が近江絹糸の株主であることは不知。
被告委員会が原告主張のとおり審決をなしたことは認める。
その余はすべて否認する。
(2) 原告の主張する法律上の意見はいずれも理由がない。
詳細は必要に応じ準備書面をもつて申述いたします。
昭和三十三年九月一九日